525600min.

日記と随想

言語の重要性と、非言語の可能性~東京演劇道場「ワーク・イン・プログレス/Dojo WIP」稽古場レポートを読んで~

東京演劇道場「ワーク・イン・プログレス/Dojo WIP」稽古場レポート&8組の企画者メッセージ - ステージナタリー 特集・インタビュー

 

natalie.mu

 

この記事、本当に面白かった。 デタラメ語で演じるシェイクスピア、以前、知り合いの学生が所属していた早稲田大のロシア劇研究会の公演を観た時のことを思い出した。

 

 

 

『ワーニャおじさん』が全編ロシア語で演じられたのだが、全く伝わらないかと思いきや、役者同士の相互コミュニケーションがある場面ではノンバーバルと語気で、何となく状況や感情が分かった。

 

ただ、一人の人物の独白や主張の長ゼリフが続く場面だと、訴えかけてくる怒りや悲しみと言った「感情」はとても伝わってくるのだが、感情以外の「この人が訴えたい事柄」は分からない。

 

これは乳幼児の感情表現方法とあまりかわらない。

 

この場合、観客は、それまでのこの人物の言動から、何を主張したいのかを憶測して補完するしかない。これが、正直とても難しい。


逆に言うと、役者2人以上でノンバーバルな相互的コミュニケーションをとり合っていれば、観客が言語を分からずとも、芝居としては成立するということだ。

 

とても面白い体験だった。


各企画が、野田氏の勲等を受けて、どんな舞台を仕上げてくるのか、非常に興味深い。